二
階段を上りきると、大きく視界が開けた。小さなジャングルジムと、小さな滑り台があるだけの公園。見回してみたけれど、案の定誰もいない。遊んでもらえない遊具が、少し寂しげに佇んでいる。
広くもない敷地の端まで行くと、落下防止用のフェンス越しに、遠く海までが見渡せる。その一角に、小さな木陰とベンチがあった。座れる分だけ落ち葉を払い、一応虫がいないことも確認してから腰を下ろす。鞄から薄緑色の水筒を取り出して、お昼の残りのお茶をコップ代わりの蓋に注いだ。
ざあ、と梢の鳴る音の中、とくとくと小気味良い音が流れる。
小さなコップの半分ほどまでが茶色っぽいお茶の色に浸された辺りで、私は水筒の内蓋を閉めた。たくさんはいらない。
両手に持って、一口だけ飲んでみる。魔法瓶に入っていたお茶はまだ冷たく、喉を通ると少しだけ涼しくなった気がした。
私はふう、と小さなため息をつき、仰ぐようにして視線を上げた。
青くて、とても遠い空。じっと見ていると、すうっと気をやってしまいそうになる。その、一歩手前で目を閉じる。
瞼の裏には――いつも、あの日の記憶。
父の名を呼ぶヒカリの声。
その眼前で血の海に倒れ伏し、動かぬ父。
立ち去ろうとした銀髪の男の前で、私は両手を広げて……その後は、定かではない。
ただ、あのとき流した涙の熱いとも冷たいともつかない感覚だけは、今でもありありと思い出せる。
そして今、父の仇であった銀髪の男はこの手で倒した。それももう、数ヶ月前のことだ。
けれど、それで私は何を得たのだろう。結局のところ、私はあの日から何も変われず、ほんの一歩を踏み出すことすら出来ていないのかもしれない。
す、と風が頬を撫でた。汗はすっかり引いたようで、肩口まで伸ばした髪がさらさらと流れる。
私はそっと目を開けて、先ほど水筒を出したときに開け放したままの鞄を見た。教科書やノートの間に、一枚の黒い封筒が顔を覗かせている。
「父さん……」
意識せず、言葉が口をついて出た。
未練だ、とは思う。
父のいない日々に慣れるのが怖くて、私はこの封筒を捨てられないでいるのだから。
「心が決まらないのですか」
不意に、背後から声がかかった。少し驚いたが、その涼しげな響きには覚えがある。
私はお茶の残ったコップをベンチに置いて、ゆっくりと立ち上がった。
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