一
 
  何処か頭の上のほうから、蝉の声が引っ切り無しに降ってくる。
  学校帰りの緩やかな、坂と呼ぶほどでもない下り道。
  まだまだ暮れる気配のない日の光に少し汗ばみ、私は耳にかかる髪を軽く払った。蝉の声と日差しに焼かれた地面に包まれると、夏だな、と感じる。
  途中までは妹のヒカリと一緒だったのだけれど、商店街のほうにあるアイスクリームのお店で友達と待ち合わせているのだと云って、今し方元気に駆けていってしまった。
  去り際に、食べ過ぎないようにと釘をさしてやると、わかってるよと素直な答えが聞けた。その屈託のない笑顔が、少し羨ましく思う。
  午後の授業を終えて学校を出るまでは、まっすぐ家に帰ろうと思っていたけれど、少し気が変わって、高台の公園に寄り道をしていくことにした。普段からあまり人もいなくて、木陰には休めるベンチもあるから、一息つくには丁度良い。
  家路を逸れ、小道を抜けた先にある木々に挟まれた石段を上る。長い長い昇り階段。この公園に入る道は、ここを除けばあとは裏山の、とても人が通るのに適しているとは思えないような獣道ぐらいしかない。だからいつ来ても人気がないのだろう。稽古事などでそれなりに体を鍛えている自信のある私でも、軽々に楽と云い切れるものではない。まして鍛錬とは縁のない常人であれば、敬遠したくなっても仕方がないと思う。
  鉄の手摺は、左右の木立が陰を作って和らげてくれてはいるものの、それでも力強い太陽の熱を溜め込んで熱くなっていた。そのじわりと染み入るような熱が何だか心地よく、私は時々手摺に頼り、触れた手が熱くなり過ぎては離した。
  石段の隅に集まった落ち葉が、時折かさかさと擦れ合って鳴く。溜まり過ぎていないところを見ると、誰かが掃除をしているのだろうけれど、それを見たことはない。何れにしても大変な仕事だ。有難い、と思う。
  右に切り返す踊り場で、一休みがてらに何となく振り返ってみた。
  すぐ下に民家がある筈だけど、木々に遮られてほとんど何も判らない。手摺の向こうは崖のような急斜面だから、余り身を乗り出す気にもなれない。昇ってきた階段の麓のほうも、やっぱり木に隠れてろくに見えない。上りきるまでは、まったくと云って良いほど視界は開けない。
  ここまで来れば、もう少しだ。
  私は軽く息をついて手摺の先を見上げ、また、階段を昇り始めた。
 
 
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